藤井翔悟コンサルティングFUJII SHOGO CONSULTING
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中小企業の価格転嫁と生産性 — 公的統計で読む賃上げ余力の現在地

賃上げ圧力が2年連続5%台に達するなか、中小企業の賃上げ余力を規定する価格転嫁率と労働生産性の現在地を公的統計から整理します。転嫁率53.5%・OECD28位という数字が示す構造的課題と、経営が取るべき両輪の設計を解説します。

中小企業にとって、今この瞬間に問うべきことは「賃上げするかどうか」ではない。既に2年連続で5%台の賃上げが続いており、問いは「その原資をどこから確保するか」に移っている。結論から言えば、中小企業の賃上げ余力は「価格転嫁率」と「労働生産性」という2つの指標に規定されており、どちらも現時点では構造的な課題を抱えている。公的統計が示す現在地を正確に把握することが、経営判断の出発点になる。

中小企業庁が実施する「価格交渉促進月間フォローアップ調査」によれば、中小企業がコスト上昇分を取引先に転嫁できた比率(コスト全般の転嫁率)は2025年9月時点で53.5%に達した。上昇傾向にあること自体は評価できるが、裏を返せば残り約47%のコスト増は企業利益を直接圧迫している。原材料費・エネルギー費・人件費の上昇を約半分しか価格に乗せられていない構造は、中小企業の利益率を慢性的に押し下げる要因だ。業種別では機械製造の59.4%、自動車・部品製造の58.9%が上位に位置する一方、転嫁が遅れる業種との格差も広がっており、一律に「転嫁が進んでいる」と評価できる状況ではない。

一方、賃上げへの圧力は止まらない。連合が2026年3月に公表した春季生活闘争の第1回回答集計では、全体の賃上げ率が5.26%(前年同時点比0.20ポイント減)、従業員300人未満の中小組合の賃上げ率も5.05%と2年連続で5%台を維持した。注目すべきは、大手(300人以上)と中小(300人未満)の賃上げ率の格差が、前年の0.38ポイントから0.21ポイントへと縮小している点だ。中小企業も賃上げ競争に引き込まれつつあるが、その原資を生み出す収益力は大企業と同じ土俵にはない。採用・人材確保を主な動機とした賃上げが増えており、収益力の裏付けを持たないまま賃上げを続けることのリスクが顕在化しはじめている。

生産性の基盤もまた課題を残す。日本生産性本部が2025年12月に公表した「労働生産性の国際比較2025」によれば、2024年の日本の時間当たり労働生産性は60.1ドル(購買力平価換算・約5,720円)でOECD加盟38カ国中28位だった。実質ベースでは前年比マイナス0.6%と低下しており、G7最下位という位置づけも変わっていない。この数値は日本全体の平均であり、大企業と中小企業の生産性格差を考慮すると、中小企業単体の実態はさらに厳しい水準にあると読むべきだ。就業者一人当たりでは98,344ドル(約935万円)でOECD29位と、どの指標で見ても上位グループとの差は大きい。

価格転嫁と生産性、この2つの数値が示す問題の本質は、「賃上げ余力の壁」が二重構造になっている点だ。価格転嫁ができなければ売上に対するコスト比率が高まり、生産性が上がらなければ1時間の労働が生み出す付加価値が増えない。どちらか一方だけでは、持続可能な賃上げの原資は生まれない。逆から言えば、価格転嫁率が10ポイント改善し、生産性が上昇すれば、「5%の賃上げを続けながら利益率を維持する」という命題は現実の射程に入ってくる。問題の設定を「今期の賃上げをどう乗り越えるか」から「来期以降も続けられる賃上げ余力をどう構造化するか」へと移すことが、経営の要諦だ。

私たちはヘルスケア経営の現場で、利益率を維持しながら人件費を引き上げる問題に長年向き合ってきた。そこで得た知見は、価格転嫁は「交渉」ではなく「価値の可視化」だということだ。なぜこの価格なのかを顧客・取引先に説明できるデータと論理を整備することが、転嫁率を引き上げる実務上の急所になる。同時に、業務のデジタル化・自動化を通じて1人当たりの付加価値を引き上げる施策を組み合わせる。現場で検証済みのことしか提案しないという当研究所の姿勢は、この両輪を実装してきた経験に裏づけられている。

公的統計が示す現在地は明確だ。中小企業の価格転嫁率は53.5%にとどまり、賃上げ圧力は2年連続5%台が続く。日本の労働生産性はOECD28位で横ばい。この構造を所与として「今期だけしのぐ」設計では、賃上げ余力は毎年削られる一方になる。価格転嫁力と生産性を中期の経営課題として同時に設計し直すことが、持続可能な賃上げ余力を生み出す唯一の道筋だ。自社の賃上げ余力の現在地を構造から見直したい経営層の方は、経営ブリーフィング(https://fujii-consulting.jp/contact)でご相談ください。

出典

  1. [1]中小企業庁「2025年版 中小企業白書」第6節 価格転嫁(2025年)
  2. [2]労働政策研究・研修機構(JILPT)「2026年春季生活闘争の第1回回答集計」(2026年3月)
  3. [3]日本生産性本部「労働生産性の国際比較2025」(2025年12月)

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