藤井翔悟コンサルティングFUJII SHOGO CONSULTING
変革事例研究7分で読める

医療・介護のDXで規制と現場負荷を両立させる — 先行事例に学ぶ実装の順序

医療・介護DXを進める組織が直面する「規制対応」と「現場負荷増大」の二重課題。電子カルテ普及率が病院77.7%に達しても現場が疲弊する構造的理由と、規制の裏側を読んで負荷を下げた先行事例を解説する。

医療・介護DXは、制度改正と人材危機という二つの圧力に同時に対処しなければならない点で、他業種のDXと根本的に異なります。電子カルテ導入を事実上義務化する方向性が固まり、2026年度診療報酬改定では電子的診療情報連携に関連した加算体系が見直されました。一方で現場では「システムが増えたのに業務は減らない」という逆説が繰り返されています。私たちがヘルスケア経営の現場で観察してきた限り、この逆説の原因は技術の問題ではなく、実装の順序と設計の問題です。規制を先に読み、現場負荷を起点に設計し直す組織は、同じ投資額で別次元の成果を出しています。

数字で現状を押さえておきます。電子カルテの普及率は2025年時点で病院77.7%、診療所71.0%に達し、大病院・中規模診療所での導入は一段落しました。政府は2030年までに普及率100%を目標に掲げており、中小クリニックへの標準型電子カルテ提供も本格化しています。一方、介護分野では厚生労働省の推計で2026年度に約25万人、2040年度には約57万人の介護職員が不足するとされています。現場の介護職有効求人倍率は2026年1月時点で3.5〜3.9倍と全職業平均の1.15倍を大きく上回り、採用ではなくテクノロジーで生産性を補う以外の選択肢が消えつつあります。

医療DX推進の最前線にある規制環境は、単なるITシステムの更新を超えた経営判断を求めています。2026年度の診療報酬改定では、マイナ保険証の利用率と電子的情報連携体制の整備が加算要件に直接接続されました。医療機関にとって規制対応はコスト要因でもあり、報酬設計上の機会でもあります。この両面を正確に読まないと、「対応に追われて費用だけかかる」か、「加算機会を取り逃がす」かのどちらかに陥ります。規制の構造を読むことがDX投資のROI計算の出発点です。介護分野でも同様で、2024年度介護報酬改定でICT・介護ロボット活用施設への人員配置基準緩和が導入されており、テクノロジー活用は単なる効率化ではなく制度上の優位性に直結します。

「電子カルテを入れたのに業務が増えた」という声が絶えない理由は、システム導入が業務プロセスの再設計を伴わないまま行われているからです。紙のワークフローをデジタルに置き換えただけでは、入力作業・確認作業・転記作業が形を変えて残ります。医師・看護師・医事スタッフは職種ごとに必要な情報とタイミングが異なる構造を持っており、共通基盤を一律に押し付けると職種ごとの使い勝手の悪さが蓄積し、並行して紙の記録が温存されます。介護施設でも同様で、ICT記録システムを導入しながら紙のケア記録との二重管理が続く事業所は珍しくありません。DX導入の前段として、どの業務フローを廃棄し、どれを残すかを先に決めることが不可欠です。

現場負荷を増やさずに規制対応とDXを両立させている組織には、三つの共通する設計原則があります。第一は「廃棄できる業務から着手する」こと。ICT化によって不要になるフローを明示し、現場が「増えた」ではなく「変わった」と感じる設計にします。第二は「規制の裏にある加算・補助金を先に取り込む」こと。介護テクノロジー導入支援事業では介護ロボットに最大3/4補助(上限30万〜100万円)、ICT導入に事業所規模に応じた100万〜260万円の支援が用意されており、投資回収の起点として設計に組み込めます。第三は「現場の職種ごとに操作接点を最小化する」こと。全職種が同じ画面を使うのではなく、各職種の関与ポイントを絞り込み、余計な手順を踏ませない設計が受容性と定着率を左右します。

先行事例として示唆に富むのは、介護老人保健施設などで進む「記録・申し送りのゼロ化」の取り組みです。ケアのたびに入力した情報が自動で申し送りに転用され、夜勤引き継ぎの口頭確認時間が大幅に削減されました。この設計の核心は「追加ではなく代替」の発想です。紙の申し送りノートを廃止するという業務廃棄を先に決め、その上でシステムを設計しています。医療機関でも電子カルテ導入と同時にFAX参照業務を全廃した事例では、事務スタッフの1日あたりの業務時間が目に見えて短縮されています。共通するのは「廃棄先行、導入後追い」の順序です。テクノロジーを先行させると現場に乗るものが増え、廃棄を先行させるとテクノロジーが負荷を下げる道具に変わります。

私たちがヘルスケア経営の現場で積み上げてきた方法論は、医療・介護DXにも等しく機能します。クリニックの業務改善においても介護施設の人員配置最適化においても、私たちは「現場が実際に動けるかどうか」を最初の設計基準に置いてきました。ICTシステムの選定は手段であり、先にあるのは「どの業務を、誰が、どのタイミングで行うか」の再設計です。規制環境は複雑に見えますが、構造を正確に読めば加算収入・補助金・人件費の最適化によって投資回収の経路が見えてきます。感覚ではなく数字で回収経路を設計すること、それが現場実装型の戦略の出発点です。

医療・介護DXの推進において「どの順序で何を決めるか」の整理が、経営上の最優先事項になっています。規制対応、補助金活用、現場フロー再設計、人員配置基準の緩和条件の確認 — これらを経営として一つの設計に統合するには、現場と経営の双方を視野に入れた議論の場が必要です。私たちの経営層ブリーフィング(https://fujii-consulting.jp/contact)では、医療・介護特有の規制環境を踏まえたDX実装の優先順位設計をご一緒します。

出典

  1. [1]厚生労働省「医療DXの更なる推進について」第109回社会保障審議会医療部会(令和6年7月)
  2. [2]厚生労働省「介護分野の生産性向上」
  3. [3]厚生労働省「介護ロボットの開発・普及の促進」
  4. [4]ウィーメックス「電子カルテの普及率と今後の動向を解説」(2026年版)

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